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いにしえ散歩Ⅱ~古代の風に誘われて~ [山梨]
今日はお天気が良かったので、前回、廻りきれなかった山梨散歩の続きに行ってきました。

青空がとっても気持ち良くって、富士山がとってもきれいでした。

まずは北東本宮小室浅間神社にお参り。とっても素敵な杜の中に在る神社でした。
心を込めてお参りしてきました。本宮と名のつく浅間神社を旅してみたくて来てみました。
~そして、駅の観光案内所でもらった地図に書いてあった浅間神社古宮へ~

前回、お散歩した明見湖近辺の古代の雰囲気漂う場所と同じような気がして、気になったので
来てみました。前回は、この場所まで時間がなくて辿り着けませんでしたが、今日は、余裕を
もってこれました。感謝。

南朝英霊碑と書いてありました。お花が咲いてとってもきれいな場所でした。
南北朝時代、南朝の隠れ本拠が、ここにあったのでは・・・といった伝説があるようです。
(なぜか、浅間神社古宮の敷地内)


この小さなお社が浅間神社古宮のようです。地元の方に聞いたら、ここだということなので。
ここで、お隣の都留市の方で、史跡の研究をされている方と知り合い、次の目的地、光照寺まで
案内していただきました。道中の車の中で、いろいろと、この辺りの歴史について教えて頂きました。
とっても、勉強になりました。今日も、歩くのを覚悟していたので、とっても助かりました。感謝。

それと、この場所は日蓮さんも来られていたようです。
~そして、次はお隣、都留市の光照寺と普門寺へ~
頼朝公が鷹狩をこの辺りでなされたとのことで、鎌倉をお参りして以来、気になってきてみました。

光照寺です。
この辺りはお散歩していて、とっても気持ちが安らぐ場所でした。古い日本の奈良のような・・・。

普門寺です。この場所は、頼朝公が鷹狩に来たという看板がありました。
頼朝公が征夷大将軍になった翌年建久4年(1193年)富士の巻狩の本陣谷村の地に武家の
守りとしての祠堂を建てたのがこの寺の始まりであるとされているとのこと。
~ここから富士山駅に戻って、御殿場方面へバスで、東口本宮冨士浅間神社へ~

富士山駅です。すてきな駅ですね。

東口本宮冨士浅間神社です。今回の本宮巡りの最後です。
(須走【すばしり】浅間神社とも言われています)
すてきな鳥居です。まず、境内に入って、とっても清々しく感じました。
神社について~小山町観光協会HP~
桓武天皇の延暦21年(802)、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず、人々は恐れおののいて仕事も手につかない日々が続きました。依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うため富士山東面須走の地(現在の社地字日向)に斎場を設け祭事を行いました。すると翌年4月初申の日に噴火が治まりました。
翌年、平城天皇の大同2年(807)、その鎮火祭の跡地、すなわち今の社地に鎮火のお礼のため社殿を造営したと伝えられています。この場所がやや平らであったために、土地の人々が早くからこの小祠を祀ったものと思われます。
当社は、各登山道浅間五社の一社であり、全国1316社の本社一つであります。氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬をあつめています。
【祭 神】
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)
【富士講と講社碑】
富士山は昔から信仰の山でした。江戸時代中頃には中下層の商人や職人、農民などが講をつくり、その数808講といわれるほど盛んになりました。
須走は、富士信仰登山の基地として古くから栄えてきました。須走浅間には、その講社の人達によって奉納された石碑や、石灯籠が多く境内を賑やかにしておりますが、そのひとつひとつから、登山行者の息づかいが聞こえてくるようです。

楼門です。

本殿でお参りをして、富士宮、鎌倉から山梨に続いた旅に感謝を申し上げたところ、
こんなきれいな光が写りました。感動です。

そして、この場所にはとっても素敵な杜があります。

たくさん巡ってきた、今回の旅の最後を、とっても優しく癒してくれました。
そして、大きな元気エネルギーもいただきました。感謝。
帰りに資料館によって、帰ることにしました。
資料館は撮影禁止なので、写真はありませんが、江戸から昭和までの富士講で栄えた歴史と
江戸時代の噴火の歴史についての資料展示があり、とっても見応えがありました。
素敵な、旅に感謝。
たくさんの人にやさしい光がふりそそぎますように。

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来てみました。前回は、この場所まで時間がなくて辿り着けませんでしたが、今日は、余裕を
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南北朝時代、南朝の隠れ本拠が、ここにあったのでは・・・といった伝説があるようです。
(なぜか、浅間神社古宮の敷地内)
この小さなお社が浅間神社古宮のようです。地元の方に聞いたら、ここだということなので。
ここで、お隣の都留市の方で、史跡の研究をされている方と知り合い、次の目的地、光照寺まで
案内していただきました。道中の車の中で、いろいろと、この辺りの歴史について教えて頂きました。
とっても、勉強になりました。今日も、歩くのを覚悟していたので、とっても助かりました。感謝。
それと、この場所は日蓮さんも来られていたようです。
~そして、次はお隣、都留市の光照寺と普門寺へ~
頼朝公が鷹狩をこの辺りでなされたとのことで、鎌倉をお参りして以来、気になってきてみました。
光照寺です。
この辺りはお散歩していて、とっても気持ちが安らぐ場所でした。古い日本の奈良のような・・・。
普門寺です。この場所は、頼朝公が鷹狩に来たという看板がありました。
頼朝公が征夷大将軍になった翌年建久4年(1193年)富士の巻狩の本陣谷村の地に武家の
守りとしての祠堂を建てたのがこの寺の始まりであるとされているとのこと。
~ここから富士山駅に戻って、御殿場方面へバスで、東口本宮冨士浅間神社へ~
富士山駅です。すてきな駅ですね。
東口本宮冨士浅間神社です。今回の本宮巡りの最後です。
(須走【すばしり】浅間神社とも言われています)
すてきな鳥居です。まず、境内に入って、とっても清々しく感じました。
神社について~小山町観光協会HP~
桓武天皇の延暦21年(802)、富士山東脚が噴火し、雷鳴・地震が終日止まず、人々は恐れおののいて仕事も手につかない日々が続きました。依って国司郡司が人々の憂いを憐れみ、鎮火の祈願を行うため富士山東面須走の地(現在の社地字日向)に斎場を設け祭事を行いました。すると翌年4月初申の日に噴火が治まりました。
翌年、平城天皇の大同2年(807)、その鎮火祭の跡地、すなわち今の社地に鎮火のお礼のため社殿を造営したと伝えられています。この場所がやや平らであったために、土地の人々が早くからこの小祠を祀ったものと思われます。
当社は、各登山道浅間五社の一社であり、全国1316社の本社一つであります。氏子を始め富士山を信仰する人達、富士山を登拝する人々の深い崇敬をあつめています。
【祭 神】
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)
【富士講と講社碑】
富士山は昔から信仰の山でした。江戸時代中頃には中下層の商人や職人、農民などが講をつくり、その数808講といわれるほど盛んになりました。
須走は、富士信仰登山の基地として古くから栄えてきました。須走浅間には、その講社の人達によって奉納された石碑や、石灯籠が多く境内を賑やかにしておりますが、そのひとつひとつから、登山行者の息づかいが聞こえてくるようです。
楼門です。
本殿でお参りをして、富士宮、鎌倉から山梨に続いた旅に感謝を申し上げたところ、
こんなきれいな光が写りました。感動です。
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パステルで金環日食をイメージしてみました。 [パステルアート]
今日は、パステルで金環日食をイメージしてみました。

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ペンダント~金環日食をイメージして~ [アートクレイシルバー]
金環日食をイメージしてペンダントを造ってみました。

最初はUV樹脂でリングの中を固めて色をつけてみようと思いましたが、
造っているうちに、金環日食のイメージが強く出てきて、こんな感じに仕上げました。
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大天使~朝日を浴びて~ [雲]
今日は、いつもより少し早く目が覚めました。そしたら、外にはこんな素敵な景色が。

ずっと向こうまで、翼が続いていました。
感謝。
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タグ:大天使~朝日を浴びて~
インナーアース [パステルアート]
再生~全てを光に~ [パステルアート]
創生 [パステルアート]
箱根散歩 [箱根]
今日は、箱根芦ノ湖周辺を散歩してきました。

箱根の関所跡からの展望。

こちらはお隣にある県立恩賜箱根公園。
明治時代、皇族の避暑地「箱根離宮」として存在していた場所です。
写真の建物は箱根離宮を模した「湖畔展望館」です。

こんな素敵なステンドグラスがありました。

建物の中からはこんな素敵な景色が見れます。

芦ノ湖の傍だけあって、景色はとっても素敵です。
~この後は箱根神社へお参りに行きました~

赤い鳥居と遊覧船。

素敵な参道です。

今日も心を込めてお参りしてきました。
ここに来ると何だか嬉しくなります。素敵な場所です。

幸せをお裾分け。とってもきれいでした。
~この後は箱根園の水族館へ~

きれいな風景に癒されました。

こちらは光るクラゲちゃん(光はライトアップされているみたいです)。

この色合い、心に響きます。

そして、アザラシショーで、ビートバンをもっての一コマ。

素敵な一日に感謝。
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こんな素敵なステンドグラスがありました。
建物の中からはこんな素敵な景色が見れます。
芦ノ湖の傍だけあって、景色はとっても素敵です。
~この後は箱根神社へお参りに行きました~
赤い鳥居と遊覧船。
素敵な参道です。
今日も心を込めてお参りしてきました。
ここに来ると何だか嬉しくなります。素敵な場所です。
幸せをお裾分け。とってもきれいでした。
~この後は箱根園の水族館へ~
きれいな風景に癒されました。
こちらは光るクラゲちゃん(光はライトアップされているみたいです)。
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タグ:箱根散歩
いにしえ散歩~北口本宮富士浅間神社から繋がる路~ [山梨]
今日は、山梨にある北口本宮富士浅間神社とその周辺をお散歩してきました。
ここ、1か月くらい前から、北口本宮の富士浅間神社にいきたいなって思っていました。
(富士山駅(富士吉田市)へは、御殿場駅からバスで50分ほど)。ここは電車が通ってないのでバスです。

やっぱり、富士登山の基点(吉田口)となっているだけあって、富士山が近いです。
(ちょうど、神社の裏の方が登山口になっています、昔は富士講で栄えたところです)
北口本宮富士浅間神社は、山梨県富士吉田市上吉田に鎮座。木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火之瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)を祀(まつ)る。788年(延暦7)、時の甲斐(かい)国司の創建と伝承し、北条・武田氏以下の武将が崇敬保護した。
~Yahoo百科事典~

神社の参道はこんな感じです。とって、清々しい感じがしました。
それと、お寺さんの雰囲気が強く感じる場所でした。
(神仏習合の時代は、お寺さんの壮大な建物もあったようです)

とっても力強さを感じる鳥居です。

こちらは随身門。

本殿です。とっても力強さを感じました。やっぱり、なんとなく仏教の宇宙感を感じました。

こんな素敵なもみじの小路がありました。

東宮本殿です(武田信玄造営だそうです)。

西宮本殿です。

そして、こちらが富士登山の基点となるところ。
ずっと昔から皆の幸せを願うために、この路を通り富士山に登って来られたことに感謝。


こちらは、諏訪神社。
こちらは、何かまた違う爽やかさを感じました。
この場所に来れたことに感謝。
~このあと、新倉浅間神社にもいってみました(ここも行ってみたかったので)。~
≪富士山駅から電車で下吉田駅で下車。徒歩5分です≫

なぜか、下吉田駅にブルートレインさくら号が展示してありました。
(前にこれに乗って旅をしたことがあるので、懐かしくて感動してしまいました。今はもう走っていません)。

こちらがその新倉浅間神社の鳥居です。きれいです。
新倉浅間神社について~神社HP~
御祭神 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
大山祇命(おおやまずみのみこと)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
当社の創建は慶雲3年(西暦705年)で、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神としてお祀りしたものである。大同2年(西暦807年)には富士山の大噴火があり、平城天皇(へいぜいてんのう)の命により当社に勅使が参向せられ、国土安泰富士山鎮火祭を執り行った。この時、平城天皇より三国第一山の称号と天皇の御親筆である勅額・破魔宝面・金幣が奉納された。
戦国時代には武田信玄の父・信虎が北条氏との戦にあたり、境内地である新倉山に陣をとり、当社で戦勝を祈願し勝利したことにより、刀を奉納された。

こちらが本殿です。こちらも、こころを込めてお参り。

そして、かなりの階段(というか、もう山登に近いです)を上って、こんな素敵な風景がありました。
これを観たくてきたのですが、だいぶ曇り空で富士山も薄らとという感じ。
桜の時期はとてもきれいみたいです。
こんな素敵な風景らしです。私も見てみたいです。→http://www.youtube.com/watch?v=zyBvr-xm9NQ
この場所に来れたことに感謝。
~今度は駅の反対方向へ廻り、徒歩2、3分の富士山下宮小室浅間神社へ~

こちらは、下浅間と呼ばれているそうです(北口本宮浅間神社が上浅間)。
こちらは、先日訪れた、鎌倉の鎌倉宮と関係が深いそうです。
そして頼朝公も富士吉田の地を訪れていたようです。
富士山下宮小室神社について~神社HP~
社伝によると人皇第五十代桓武天皇の延暦十二年、征夷大将軍坂上田村麿が東征の折り、此の地より、遙かに秀麗なる冨士の山容を拝し戦捷を祈請、数々の苦難災いを断ち四年にして大勝のうちにその功業を収めたので神護を謝し社殿を草創したという。時に大同二年(皇紀一四六七年・西暦八〇七年)の昔である。
こちらにもいろんな歴史があり感動しました。感謝。
~そして、ここから、バスがあまり走ってないので、感を頼りに明見湖と近辺のとある場所に~
≪まさか、たどり着くとは思っていなかったのですが、辿り着いてしまいました。感謝≫

こちらが明見(あすみ)湖です。湖というよりは沼です。
その昔、富士山の噴火で埋まってしまったとか・・・。
実はこの辺り、古代富士王朝があったとか・・・・。あくまでも伝説のお話。

途中、バス停のない道もあり・・・感だけで、ここまでよく来たなと感動と感謝。
ただ、最近、足が勝手に動いて、辿り着いてしまう。蝶々さんや鳥さんたち、時には、
のら猫さんたちの後を追っかけると目的地に着いてしまう。
それが、とっても嬉しかったりもして。ご縁を感じたりして。
なので、ついつい、歩いてしまいます。感動に会いたくて。

そして、蝶々さんを追いかけて、なんとなく歩いていると、目印らしき石像が。徐福さんです。
伝説によると、その昔、中国から不老不死の薬を探しに来られた方で、その後、日本にたくさんの
技術と文化を伝えて下さったという。そして日本で生涯を過ごされたとのことです。
(あくまでも、伝説のお話、でもそういうお話、好きです。なぜか、北口本宮浅間神社から辿り着きました)。

そして、途中、道祖神さんの前をとおり、本日、最終的に辿りついた場所。
徐福さんがお祀りされている場所です。
竹藪の中を潜り抜け、少し広い道に出た先がこの場所でした。
(よく辿りついたなあ。本当に感謝。そして、徐福さんに、いっぱいお礼を伝えてきました)
今日は、この辺りで、帰ることに。この辺りは、まだ歩きたいので、今度、また来ようっと。
今日も素敵な旅に感謝です。
本日は、長くなりましたが、お付き合いいただきありがとうございます。
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やっぱり、富士登山の基点(吉田口)となっているだけあって、富士山が近いです。
(ちょうど、神社の裏の方が登山口になっています、昔は富士講で栄えたところです)
北口本宮富士浅間神社は、山梨県富士吉田市上吉田に鎮座。木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火之瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)、大山祇命(おおやまづみのみこと)を祀(まつ)る。788年(延暦7)、時の甲斐(かい)国司の創建と伝承し、北条・武田氏以下の武将が崇敬保護した。
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神社の参道はこんな感じです。とって、清々しい感じがしました。
それと、お寺さんの雰囲気が強く感じる場所でした。
(神仏習合の時代は、お寺さんの壮大な建物もあったようです)
とっても力強さを感じる鳥居です。
こちらは随身門。
本殿です。とっても力強さを感じました。やっぱり、なんとなく仏教の宇宙感を感じました。
こんな素敵なもみじの小路がありました。
東宮本殿です(武田信玄造営だそうです)。
西宮本殿です。
そして、こちらが富士登山の基点となるところ。
ずっと昔から皆の幸せを願うために、この路を通り富士山に登って来られたことに感謝。
こちらは、諏訪神社。
こちらは、何かまた違う爽やかさを感じました。
この場所に来れたことに感謝。
~このあと、新倉浅間神社にもいってみました(ここも行ってみたかったので)。~
≪富士山駅から電車で下吉田駅で下車。徒歩5分です≫
なぜか、下吉田駅にブルートレインさくら号が展示してありました。
(前にこれに乗って旅をしたことがあるので、懐かしくて感動してしまいました。今はもう走っていません)。
こちらがその新倉浅間神社の鳥居です。きれいです。
新倉浅間神社について~神社HP~
御祭神 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
大山祇命(おおやまずみのみこと)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
当社の創建は慶雲3年(西暦705年)で、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神としてお祀りしたものである。大同2年(西暦807年)には富士山の大噴火があり、平城天皇(へいぜいてんのう)の命により当社に勅使が参向せられ、国土安泰富士山鎮火祭を執り行った。この時、平城天皇より三国第一山の称号と天皇の御親筆である勅額・破魔宝面・金幣が奉納された。
戦国時代には武田信玄の父・信虎が北条氏との戦にあたり、境内地である新倉山に陣をとり、当社で戦勝を祈願し勝利したことにより、刀を奉納された。
こちらが本殿です。こちらも、こころを込めてお参り。
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これを観たくてきたのですが、だいぶ曇り空で富士山も薄らとという感じ。
桜の時期はとてもきれいみたいです。
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こちらは、下浅間と呼ばれているそうです(北口本宮浅間神社が上浅間)。
こちらは、先日訪れた、鎌倉の鎌倉宮と関係が深いそうです。
そして頼朝公も富士吉田の地を訪れていたようです。
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社伝によると人皇第五十代桓武天皇の延暦十二年、征夷大将軍坂上田村麿が東征の折り、此の地より、遙かに秀麗なる冨士の山容を拝し戦捷を祈請、数々の苦難災いを断ち四年にして大勝のうちにその功業を収めたので神護を謝し社殿を草創したという。時に大同二年(皇紀一四六七年・西暦八〇七年)の昔である。
こちらにもいろんな歴史があり感動しました。感謝。
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その昔、富士山の噴火で埋まってしまったとか・・・。
実はこの辺り、古代富士王朝があったとか・・・・。あくまでも伝説のお話。
途中、バス停のない道もあり・・・感だけで、ここまでよく来たなと感動と感謝。
ただ、最近、足が勝手に動いて、辿り着いてしまう。蝶々さんや鳥さんたち、時には、
のら猫さんたちの後を追っかけると目的地に着いてしまう。
それが、とっても嬉しかったりもして。ご縁を感じたりして。
なので、ついつい、歩いてしまいます。感動に会いたくて。
そして、蝶々さんを追いかけて、なんとなく歩いていると、目印らしき石像が。徐福さんです。
伝説によると、その昔、中国から不老不死の薬を探しに来られた方で、その後、日本にたくさんの
技術と文化を伝えて下さったという。そして日本で生涯を過ごされたとのことです。
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そして、途中、道祖神さんの前をとおり、本日、最終的に辿りついた場所。
徐福さんがお祀りされている場所です。
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(よく辿りついたなあ。本当に感謝。そして、徐福さんに、いっぱいお礼を伝えてきました)
今日は、この辺りで、帰ることに。この辺りは、まだ歩きたいので、今度、また来ようっと。
今日も素敵な旅に感謝です。
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