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古代の書~大磯、高麗山~ [二宮、大磯]

今日は大磯の高麗山(こまやま)から湘南平をぐるっと一周してきました。
今日は、生け花アーティストの中川さんが、案内してくださいました。
今回は、いつもより深く書こうと想います。タイトルも古代の書としました。
史実として残っている記録からだけでなく、実際に訪れて、私が感じたことも織り交ぜて書いていきたいと想っています☆
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高麗山の麓に高来(たかく)神社があります。はじめに記録として残っている史実から。
高来神社(高麗寺;こうらいじ)御由緒 略記によると、古より神奈備山(かむなびやま)として住民から信仰されていたそうです。この山に鎮座する神社の創建は6世紀以前とされ、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓を討った後に、竹内宿禰(たけうちのすくね)の奏請により高句麗(こうくり)の神霊、高麗大神和光(こまのおおかみわこう)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)を山上に移し天下の長き安寧を創始と伝えられています。又、安閑(あんかん)天皇の御代に神功皇后・応神天皇(おうじんてんのう)も高麗権現(こまごんげん)社に合祀されました。なお、この高麗権現は当時、箱根神社並びに伊豆山神社に遷祀され霊験あらたかにして、源頼朝や土地の住民の深い信仰をうけ古くから歴史の舞台となっているとのことです(箱根山縁起・走湯山縁起・高麗寺建立記)

天智7年(668)頃、高句麗の福使であった若光(じゃっこう)は祖国滅亡後に東を目指し大磯の浦に渡来、上陸して高麗(こま)の地に住み、大陸文化を伝えました。現在、唐ヶ原の地名も残っています。霊亀2年(716)大磯を始め相模、駿河など7ヶ国に渡来した高句麗人1,799人が武蔵国高麗群に移され開発を命ぜられました。この時、先に大磯に渡来していた若光が「王(こさし)」の姓を賜り群長として赴いています(続日本記)

最盛期の鎌倉時代には。相模国に大寺社として境内に24の僧坊があったそうです。鎌倉幕府からも厚い信仰をうけたそうです。しかし戦国時代には戦いの舞台ともなり、多くの伽藍が焼失したそうです。その後、江戸時代には徳川幕府から崇敬され、徳川家康没後の寛永11年(1634)には東照権現(家康)を勧請し、東叡山寛永寺(とうえいざんかんえいじ)の末寺となりました。このため参勤交代の大名行列も高麗寺(こうらいじ)領内を通るときは下馬し大鳥居の前で最敬礼して静かに通ったそうです。

明治になると神仏分離策により、高麗寺は廃寺となり、高麗権現社は高麗(こま)神社となりました。さらに明治30年には高来(たかく)神社と改称され今に至っているそうです。

(争いの世も、それを引き受けて、その時代を精一杯生き抜かれた尊い魂の方々がいらっしゃり、それが未来への学びに繋がっているということも、たくさん伝わってきました)
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また神社の由緒の書いてある看板によると、縁起はかなり古く、神武天皇の時代まで遡るらしいが、詳しくは定かではないとのこと。また、垂仁天皇の御代にカミムスビノミコトと二ニギノミコトを祭神とし、と書いてあります。

そしてこの後、高麗山・湘南平の周りを一周して白岩神社という神社に案内してくださいました。その昔、この山の上にある白い石が、海から見て光って見えたので白岩神社というようになったそうです。この場所も2、3日前から惹かれていた場所で、ベストのタイミングで案内していただきました☆

ここからは、私が感じたことを書きますが、まず、その前に、古代の歴史に触れる時は一霊四魂(荒魂:あらみたま、和魂:にぎみたま、幸魂:さきみたま、奇魂:くしみたま)を整えることがとっても大切なように想えます。荒魂には「勇」、和魂には「親」、幸魂には「愛」、奇魂には「智」というそれぞれの魂の機能があり、それらを、直霊(なおひ)がコントロールしているとしています。簡単に言えば、勇は、前に進む力、親は、人と親しく交わる力、愛は、人を愛し育てる力、智は、物事を観察し分析し、悟る力であるとされています。≪ウィキペディアより≫バランスを整えて感謝の気持ちで古代を紐解くことが大切なように想えます。神社の記録にもあるように、古くからある場所は争いの舞台にもなっており、反面、たくさんの祈りが捧げられてきた場所でもあります☆。そして、その歴史の多くは忘れ去られていることが多いように想えます(特に明治期~現代にかけて)。様々な形ではありますが、こうして現代に、その姿を残してくださったということはとってもありがたいことです、きっと、今でもその場所から見守って下さっていることと想います。もしかしたら、現代の人々に時が来たらその場所を引き渡すために、今も守ってくださっているのかもしれません。荒魂は、一霊四魂を整えていると勇気に結び付くと想いますが、勇みが強すぎると、お守りしている方々が、なかなか扉を開けてくれないかもしれません。やはり、そういう方々がいる、いらっしゃって今に伝えていただいたという気持ちがあるからこそ、天が様々な気づきを与えてくださるのだと想います。感謝の気持ちからくる「愛」と「親」、そして学びから授かる「智」、そして前に進む力として「勇」がサポートしてくれる。古い場所を訪れる時は、とても大切なように想えます。そうするとまた、新たな学びが授けられ次に繋がって行くように想えます♪

長くなりましたが、ここから私が感じたことを書きます。
歴代の政権を執られた方が、この場所を時には争いの舞台となりながらも、大切な場所として認知されてきたということが、とっても大切なことなんではないのだろうかと感じました。古より神奈備山と言われて、厚く信仰もされてきたということも意味があるように想えます。神皇産霊神(かみむすびのかみ)様がお祀りされ、創建は初代天皇の神武天皇まで遡り、竹内宿禰(たけうちのすくね)の奏請により、神功皇后と応神天皇が祀られたということから、やはりとても古く、そして大切な場所だということが伝わってきます☆そして神皇産霊神(かみむすびのかみ)は古事記の最初にでてきて日本の国を造ったといわれる神様(造化三神:)のうちのお一人です。(天と地が初めて分れたときに、高天の原に現れなさった神さまが天之御中主神:あめのみなかぬしのかみ、高御産巣日神:たかみむすびのかみ、神産巣日神:かみむすびのかみ、です)。また神功皇后は卑弥呼というお話も聞きます(特定の人物を指す名ではなく、ある能力を持つ方がその名を頂いたという意味において)。何か意味があるからこそ、とてもエネルギーの大きな方々がサポートしている場所のように想えました。そして、創建は初代神武天皇まで遡るらしいが定かではないということ。それは、神武天皇以前から大切な場所であって、それをみんなが知っていた可能性があるとも感じ取れました。弥生、縄文の時代からずっと大切な場所かもしれません。近くに光る石があるのも偶然ではないように想えます。高句麗から来れた方が、ここの名前の由来にもなっていることも大切なように感じました。

きっと、古事記・日本書紀(日本で一番古い公的な史書)よりも前から、大切な場所として存在していて、その時代の政治を執り行う方々も知っていたのではないのだろうか。そして、高句麗(朝鮮半島)から日本に渡来してきているとうことも大事なことのように想えます。大陸からの高度な文明をもたらしてくださったことと想います。太古の昔は、様々な国の方が日本にやってきていることも想いだしてくださいと云われているように想えます。もとは一つなのですよと☆♪やはり、日本は学びの場なのかもしれません(一霊四魂を学ぶという意味でも、未来を創る心を養うという意味においても)そして、今、この国の歴史を感謝の心で紐解く必要性が生まれてきているように感じました。一つの学びの集大成として。日本が、世界が、地球が、宇宙が、次のステージへステップアップするために☆♪(もちろん、学びは永遠ではありますが)☆そのために、最初に国造りをされた神様がご案内してくださったように想えます。一人一人が日本人として生まれてきた意味を知ることが、いろんな意味で大切なような気がしました☆それは、世界中のどんな歴史書にも書いてないことです☆そして、各々が感謝の心で感じ取ったことが正しくて、きっと、それが、今、ここに生まれてきた意味とリンクしているのではないのだろうかと感じてます☆そして、改めて人は自然と同じく大切な光の存在であると想いました☆♪
最後に白岩神社でお参りして、今という時が、縄文のスピリット、そしてさらなる日本、地球、宇宙への深みへと繋がる光のラインと繋がり、新しい道を歩みだそうとしているように感じました。そして、その道を創るのは人次第ということも伝わってきたように想えます~遠い昔に想いを馳せた未来が目の前にやってきているよ~そのために、今ここに存在しているのだよとも☆



長くなりましたが、お付き合いくださりありがとうございます。


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高来(たかく)神社~高麗山(こまやま) [二宮、大磯]

今日は、もう一つ、大磯にある高来(たかく)神社にいきました(とっても行きたくなったので)。
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大磯駅から、途中こんな、旧東海道沿いも歩きます。

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鳥居と参道です。素敵なところです。
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この神社は、神社で頂いた御由緒略記によると、
御祭神は、神皇産霊神(かみむすびのかみ)、神功(じんぐう)皇后、応神天皇、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)となっております。

大磯の東にそびえる緑したたる高麗山は、いにしえより神奈備山(かんなびやま)として住民から信仰されていたところらしく、この山に鎮座する神社の創建は6世紀以前とされ、神功(じんぐう)皇后が三韓を討った後に、竹内宿禰(たけのうちのすくね)の奏請(そうせい)により、高句麗の神霊、高麗大神和光(こまのおおかみわこう)・神皇産霊神≪高麗権現≫(かみむすびのかみ・こまごんげん)を山上に移し天下の長き、安寧(あんねい)を祈願されたのが創始と伝えられているとのこと。又、安閑(あんかん)天皇の時代に神功皇后・応神天皇も高麗権現社に合祀されたとのことです。尚、この高麗権現は当時、箱根神社並びに伊豆山神社に遷祀(せんし)され霊験あらたかにして、源頼朝や土地の住民の深い信仰をうけ、古くから歴史の舞台となっているそうです(箱根山縁起・走湯山縁起・高麗寺縁起)。

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その昔は、こんな大きな神仏習合のお寺さんだったようです。このやま一帯が高麗山です。

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今日も心を込めてお参り。ここに来るときは、心の奥にある特別な強い想いが導いているような気がします。

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こんな素敵な光を放つ方がいらっしゃいました。感謝。

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きれいなお神輿も。今週、週末、この急な山を駆け上がるみたいです。
実は昨日、4月17日は徳川家康公の命日で、毎年4月の第三金、土、日に山頂の上宮までの急な男坂の渡御があるとのことです。江戸時代、東照権現(家康公)を勧請し、東叡山寛永寺の末寺となっていたそうです(明治の廃仏毀釈で寺は廃寺になっています)。

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素敵な龍神さんもいらっしゃいました。

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そして、平嘉久社でお参りして高麗山に登ることに。

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こちらは二の鳥居跡のようです。
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今日は女坂から上ろうと思ったら、東天照という文字に惹かれ、白山社のある山道へ。
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ここが、その昔、白山社があった場所らしいとのこと。いにしへの時に心を馳せてお参りしてきました。

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こんな修験道のような道をとって本宮跡へ。でも、なぜか嬉しい。

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そして、いにしへの階段を登って、本宮跡へ到着。
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お祭りの準備が整っていました。ここまで、お神輿あがるみたい(すごい)。

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素敵だったので。

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そして、ここから、シャガの花咲く修験道?を通って浅間神社へ。

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周りにかわいらしいお花も咲いていて、コノハナサクヤヒメ様にぴったりのお社です。
心を込めてお参り。今日もきました。
そして、今日は素敵なご縁にも恵まれて、ククリヒメ様も強く感じる一日だったような気がします。
感謝。

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高麗山(こまやま)  [二宮、大磯]

今日は、大磯にある高麗山に行ってきました。(大磯駅から2km程)
まずは、麓の高来神社(たかくじんじゃ)でお参りをして登山。
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縁起はかなり古く、神武天皇の時代まで遡るらしいが、詳しくは定かではないとのこと。また、垂仁天皇の御代にカミムスビノミコトと二ニギノミコトを祭神とし、安閑天皇の御代に応仁天皇と神功皇后が合祀されとのこと。(また高麗山とは、高句麗と関係があるからとのこと)。
なんとなく、気になっていた場所です。
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登山口です(登山には30分程)。左が男坂,右は女坂。男坂で登りびっくり。

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いきなり崖です。上りは何とか行きましたが、下りや足場が濡れているときは、ちょっと難しい場所です。(最初の10分だけなら、大山よりもきつい)

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でも途中の日差しはとても気持ちがよかったです。

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もうすぐ頂上。

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江戸の昔、上宮があった場所です。気持ちの良い場所です。

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帰りは高麗山から尾根づたいに、大磯駅までおりてきました。途中の景色です。

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大山がきれいに見えました。富士山と同じくらい大好きな山です。

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海と桜。きれいです。

高麗山は、吾妻山とは、また違ったやさしさを感じる場所でした。
険しくも、山頂付近はすがすがしい感じがしました。
この場所に来れたことに感謝して下山しました。


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